2009年4月8日水曜日

先人の教え

今日

久々に「腑に落ちない」と思うことがあった。

それが
先進国のエゴなのか
先進国の教えなのか

今の私には区別がつかない。

ただ、
先人の教えに「人はこうであれ」「人生はこうであれ」
など、人や考え方についてのものは代々残っているが

先人が作った「モノ」は、
「教え」に比べてあまり残っていないように思える。

今日のこと…


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パプアニューギニアの政府観光局の方などから
「サーフィン・キッズ・プロジェクト」についての話を聞いてきた。

雑誌の取材でサーフィンのプロがパプアニューギニア(以下パプア)に訪れた。
パプアの波の素晴らしさに心奪われると同時に

サーフボードの不足に気付く。
村人たちはサーフィンができていないのだ。

だから
「寄付」して
「教える」

もちろん、サーファーは環境問題について真剣に考えている人が多いし、
活動もするし、反対運動もする。
かなりの自然人たちだということは、よく聞く。
だからサーファーが悪いって言ってるんじゃないんだ。



寄付したサーフボードを利用して
「大会」を開催したり
「評価」したり
「表彰」したりする。
評価を聞いた子ども達の上達力はすごく、
サーフィンが職になる、ということも教えられた

サーフボードがないだけで、彼らには波に乗るセンスがある

寄付したボードに乗った子ども達の笑顔は忘れられない

そしてその人は言った

パプアは、行くたびにテストされている気分になる
あなたは純粋に国を理解できるのか、って。

それに、貧しい国なのにすごいニコニコしているんだ。
お金がなくても、食や住に苦労していないし、
自給自足ができている。
それに助け合いのコミュニティーもすごい。
ストレスがないんだろうね。

パプアニューギニアの人達の笑顔が、一番好きだよ。

自然も含め、この国を、これらを守りたいと思っている


と。


さて、サーフィンをする前は、子ども達は何をしていたの?

「自給自足だからね。林業や漁業を手伝うんだよ。
手伝わないで、サーフィンする子も出てきちゃったけど(笑)」

私のなかで、もやもやは増えていった。


その国にサーフボードがないのには、理由があったんじゃないかと。


実際、サーフボードを持ち込んで、変わる子どもが出てきてしまった。


外から、外のものを持ち込んだ。

内の人が、声を出して望んだわけではないのに。


また、観光という産業を起こそうとしている。
もちろん、がむしゃらに開発するのではなく、
彼らの意見を尊重しつつ、
国の自然を守っていける観光スタイルを教えていきたい、と。

そう思ってない業者に乗り込まれて、パプアが壊されるよりはよっぽどいいかもしれない。

それでも、


先進国が、

ものを与えてよかったのか。
観光だとか、産業だとか、ビジネスだとかいう考えを教えて良かったのか


もう少し考えよう。

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