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ソリストとして 就職活動は見つめ直す時間ときっかけをくれる、良い時期だ。
このソリストとして、というのは「自分一人でやる」という意味ではなく
「○○としてやる」という意味。
自分の過去数年を振り返って、自分がいかに集団行動が苦手かということが分かってきた。
が、集団行動が苦手なだけで、チームワークは大好きだ。
小学校の頃から、どんなに毎日一緒にいようが
「一緒に帰ろう」「一緒に遊ぼう」と、いちいち言われなければ
一緒に帰らなかったし、一緒に遊ばなかった。
暗黙の了解ができない非常に残念な小学生だったと思う。
これは中学時代も同じだ。
そんな私は、まず合唱コンクールや吹奏楽で「各々の役割」を達成することに喜びを覚えた。
合唱も合奏も、多種多様なものが絡み合ってできあがる。
その中の一つ一つのものが光れば光るほど、完成したものはすごい。
周りに与える影響力もすごい。
そのことを体感した。
この「役割」はいつしか「パーツとしての役割」から「自分としての役割」へと欲求が移る。
情コミのあらゆる授業で習うマズローの欲求階層でいう上位への遷移だ。
そして今に至る。
所属している場所で吸収できるものがなくなれば、次の吸収を求める。
吸収の段階を終えれば、その場所に留まり、そこを担う人間として活動していくのだろう。
そして次のソリストを応援するのだろう。
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一目ぼれ 今日、事務所の資料を探している途中に、一枚の写真を見つけた。
彼の名は
加藤 則芳
「この人誰ですか!!!!」
写真を握り締め、叫んだ(笑)
トッレカー兼作家だった。
大雑把なくくりで言えば「冒険家」
どこかで見た名前だと思えば、
ちょうど去年の夏に、一人で遊びに行っていた「東京アウトドアズフェスティバル」で
アパラチアン・トレイル3500km踏破の記録 という展示会をしていた人だ。
(っていうか、シェルパさんと加藤さんトークショーしてるし!!!悔しい…!)
事務所内でこの人の色々な話しを聞いている内に
彼は
「知的ネイチャー」
という括りに入ることとなった。
ネイチャーは簡単に分けて2種類
・先天的ネイチャー
・後天的ネイチャー(知的ネイチャー)
どうやら、同じネイチャーでも私は後者が大好きらしい。
先天的ネイチャーは
シェルパさんや九里さんが良い代表例か。
で。
昔、私は
「旦那は、あまり家に帰ってこないような、外を飛び回ってる人間がいい」
と言っていた。
確かに、そういう人間には出会ってきた。
が、
外を飛び回るような人間は、すでに常に飛び回っているのだ。
よほど運命じゃない限り、無理だろう。
そうこうしているうちに
自分が飛びまわるのが好きになった
「妻は、あまり家に帰ってこないような、外を飛び回っている人間がいい」
というような旦那を探さなければならない。
夏のゼミ合宿で「いつか3000kmのトレイルを歩いていたい」という目標を宣言してしまったしね。
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「歴史」ジョン・H・アーノルド 最近、めっきり読む本が減ったが
今読み直しているのがこれ。確か高校生ぐらいの時に買った気がする。
一言で言えば歴史の歴史本。
歴史家はどのように歴史を紡いできたのか。
読んでいくうちに、
歴史の始まりの1つ「文字の解読」は
文字を残した人間が「何かを伝えようとしている」ことを前提条件としないと
解読は不可能だよなぁ、と思うようになった。
もしかしたら当時は伝える、なんていう概念はなくて
私達には理解もできない、思いつきもしない概念によって
「文字のようなもので、何らかの概念により石に刻まれた」のかもしれない
と、歴史について半信半疑になりながら読み進め始めた直後に…
ウィリアムは、人間はほとんどの場合において利己心から行動すると信じていた。 彼はそれを非難したわけではないけれども、出来事の原因を説明する際に、 あまりにもその理論に頼りすぎた。こうした説明のしかたもまた現代の歴史家には おなじみであろう(わたしたちは誰も信用できなくなってしまう!) この一文で、ふっと半信半疑の心が解けた。思わず笑ってしまったよ、電車の中で。
誰かを信用しなきゃ、何も始まらないよね!
眠くなるような名前が多いですが、面白いです。
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「犬と鬼」アレックス・カー この本はドッグイヤーだらけ。
犬について書かれたところを折った、というわけではなく。
日本を痛烈に、優しく、厳しく批判してくれる本です。
日本国内に留まると、やはりどうしても横井小楠でもない限り
海の外事情と比較するのが難しいのです。
(そもそも「比較」するものは何かという話しになりますが)
そんな方にアレックス・カー
戦後日本、
多くの人間が他国を追い越す日本の早い変化を賞賛した。
しかし彼は「近代化は失敗した」、
日本の物事のやり方、株式市場の運営、高速道路の設計、映画製作などは、 本質的には60年代で凍結してしまった。 と書き始める。
6年費やしたデータ収集、分析は見事なもの。
そのことに関しては異論の余地はない。
日本は「2001年宇宙の旅」のHALの声になだめられ続けている。
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マズローの欲求階層(これを飯箸先生はコンピュータの進化にも当てはめている、ということで私の情コミ論はかなり飯箸先生によって築かれている、授業オススメ)
2001年宇宙の旅(情コミなら避けて通れない映画。見といて損はなかったな、と思うときが多い)
朗読者(情コミなら避けて通れない文学。これも見といて損はない。ドイツの方や、文学科の人達と話ができる)
と、いうことで、本日の結論。
情コミの授業は、案外かなり役立つ。
やっぱ大黒先生は面白いよ。可愛いよ。
前回のミュージカル話しからひき続き、宝塚!
予備校に宝塚志望の子がいたため、色んな話を聞かせてもらっていましたが、
奥深い世界だ。
動画は、
ジェンダーコミュニケーションの授業内容で、ハマったやつ(笑)
「エリザベート」♪最後のダンス
これ見てる頃は、一緒に授業受けてた人達と
かなりトーヤについて熱く語った気がする。惚れていた。
最後の~ダンスは~♪
後輩もこれ習ってるのかなぁ。いいなぁ。